BZ興奮場上での方位検出

長原 寛樹

平成15年11月14日



1. Introduction
 捕食者にしろ餌食にしろ, 陸上において活発に動き回る動物にとって重要な情報は, その個体自身と餌食/天敵との相対的な位置情報である.その相対的な位置情報は個体自身からの距離と方位が確定すれば求められる.その方位を検出するために動物はさまざまの感覚器官, 検出機能を発展させてきた.それらのうち代表的なものは, 対象までの距離を測るための両眼視野であったり,方位を測るための両耳への到達する音の時間差の検出や位相差の検出であったりする.
 音の伝達の時間差を検出する脳の神経回路のモデルは1948年にJeffressによって提唱されている. Jeffressの提唱したモデルとは, 神経線維の上を左右の耳から時間差をもって伝わってくるインパルスが同時に到達したときのみ反応する細胞を用いて, 時間差を細胞の位置情報に変換する, としたものであった. このモデルに合致する神経回路はたとえば哺乳類ではオリーブ核に, 鳥類では層状核にある.
 ところで神経繊維を伝わるインパルスの電位の数理モデルのひとつにFitzHugh-南雲方程式があるがこれは興奮性の媒質を記述する非線形偏微分方程式である.神経線維以外で興奮性の媒質といえばBZ反応拡散場がある.そこで興奮性の媒質という切り口で見たときにJeffressのモデルと同等の機能をBZ反応拡散場上に実現することができるかもしれない, とわれわれは考えた.
 本実験ではわれわれはRu触媒を用いた光感受性BZ反応を用いた.$Ru$触媒のBZ反応溶液に白色光を照射すると, BZ反応の阻害因子であるBr-が生成されるが, GasparらによるとBr-の生成速度φは照射する光強度に比例する.言い換えるなら照射する光の強度を変化させることによって活性レベルを変化させることができる.Krugらはこれについて数理モデルとして, 修正オレゴネータを用いた数理的解析を行った. さらに反応波の伝播速度は反応の興奮性と関連し, 反応波の速度は阻害因子Br-の濃度に関係することがわかっている.よって照射する光の強度を変化させることで局所的にBZ波の伝播速度を変化させることができる.実際われわれの予備実験では照射する光の強度を変化させることで, 興奮場全体を波が早く伝播する領域と遅く伝播する領域とに分割することに成功しており,二つの領域での速度の比は1.2から1.5であった.また最近われわれの研究では, 興奮場の形状を光によって任意に制御できることを利用して, 興奮場を非興奮場によって分割し, その場の上でAND回路を構築した.そのAND回路の動作原理は次のとおりである. BZ波の伝播する興奮場にギャップを介して別の興奮場を接続する. このギャップ近傍を単一の波が通過しても波はギャップを超えて伝播しないが, 同時に二つの波が反対方向から入力されてギャップ近傍で衝突する場合はまたその場合にのみ, 波はギャップを越えて伝播する.すなわちこのAND回路は時間差の検出回路ともいえる.
 このAND回路を利用してわれわれは, BZ波がいずれの方位から伝播してきたのかを判定する装置を作ることを試みた.
図1は今回われわれが提唱する方位検出器の模式図である.まずBZ反応場全体を光強度を変化させることで図1のように黒色,灰色, 白色の領域に分けて, 黒色と灰色領域でのみBZ波が伝播するようにして, さらにBZ波は黒色領域でのほうがより早く伝播するようにする.灰色領域で波を発生せるとその波は黒色円環に伝播し, 円環上を右回りに伝播する波と左回りに伝播する波とに分かれる.それぞれの経路を伝播した二つの波は, 黒色円環に伝播した点と円環の中心Oに関して対称な点に同時に到達し互いに衝突する.黒色の円環の内縁には, 図1中ではX1-X5のラベルのついた三角形の黒色興奮場の列が, 非興奮場によるギャップをはさんで接続されており, これらは時間差検出器として機能する.というのもこれらの接続部分の構造は先に述べた最近のわれわれの研究における``AND回路''になっており, 円環上を伝わる単一の波がギャップの近傍を通過しても波はギャップを越えて伝播することはないが, ギャップの近傍で二つの波が互いに衝突すれば波はギャップを越えて伝播するからである.たとえば, 模式図1に示したように入射角θで黒色円環に伝播した波は図1にX2と表示される領域にのみ伝播し,ほかの領域には伝播しない. すなわちこれらのブロックたちは波の伝播してくる方位についてそれぞれがあい 異なる方位選択性を持っており, '受容野'を持っているといえる. このようにして灰色領域がどの方位から伝播してきたのかを, どのブロックに波 が伝播したかで検出することができるであろう.
 以上のモデルが実際に機能することを実験で検証するために, 模式図1をより単純化したモデル(模式図2)について, 実際に領域Xには上方から下方向に伝播する波にのみが伝播するのか否かを確める実験を行った.このパターンは上方から下方に向かって伝播してきた波のみを検出する方位検出器といえる.



 今回われわれの提唱する方位検出器.黒色領域と灰色領域は興奮場であり, 白色領域は非興奮場である. BZ波は黒色領域において灰色領域より速く伝播する.灰色領域を伝播してきた波は黒色の円環に伝わっていく. 波が二つ同時にぶつかる点で円環に接続された領域のみ波が伝播する. たとえばこの図では入射角θの波がX2と円環領域を接続するギャップ近傍で衝突し, X2に波が伝播するがXi (i≠2)には波は伝播しない.



図1を単純化したモデル.黒色円環を伝播する波がギャップを越えて領域Xに伝わるか否かで, 波が伝播してきた方位が上方 からなのかどうかの判定する.



全文: nagahara.pdf (1005KB)



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